法事に先祖のことを考えるということは自分と向き合うこと

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今日は義姉の7回忌の法事だった。

そう、6年前の3月2日に53歳の時、乳がんで亡くなった。

一通りの読経が済んで、お坊さんのお話の中で

「亡くなった方を この法事に集まった 縁のある方々で思い出し
 語ることは、またはご自分に向き合い、生き方を見つめ直す
 ことでもある。」

という言葉が心に残ったのだが、
妹や姪たちが姉の書いていた日記を読んでは涙しているのに、

何だか呼応してない自分が
やはり私は血のつながらない他人だということを再認識する。

とても美しく、保育士として活躍していて…
私から見れば尊敬はしていたが
何だか上から目線での発言が苦手だった姉が、
家では、何にも言わなかったと娘(姪)から聞いたときは
とても意外だった。

実際には厳しい舅、義兄の3人の姉たちに
嫁として苦労していたそうで、
そのストレスでがんになったのではないだろうかと
逆に気の毒でもある。

この6年間のこの家の様子はかわってしまった。
息子は海外で暮らし、娘は結婚して家を出た。

義兄は、一人で元気を失ってしまっている。
掃除、洗濯、料理。。。何もかもはじめてのことだろう。

それでも生きていかなくてはならない姿を見るのも
つらいことだ。

がんが見つかったとき。
手術をしたとき。
抗がん剤治療で苦しんだとき。
再発後の憔悴。
そして亡くなった日のこと。

小さい頃から仲良く育った夫や妹、
12時間かけて帰って来た息子。

みんながそれぞれにいろいろな場面を思い出したことだろう。
そして、自分のことを思っただろう。

法事というものにあまり意味を見出せないでいたが
今日は、何だかいろいろなことを考えた日だった。

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